【子供たちの読みを深める③】
「何が、どのように、なぜ変わったのか」という3つの問いについての子供たちの読みを深めるため、二瓶先生は、2つの働きかけを行った。さらに3つ目の働きかけを行う。
《働きかけ①》
「何が変わったのか」という問いに対して子供たちは、「王子の心」と考えた。二瓶先生は、前ばなしと後ばなしに着目させることによって、「都の全体」が変わったことをとらえさせた。
《働きかけ②》
「どのように変わったのか」という問いに対する「騒がしさから静けさへ」という子供たちの表面的で固定的な読みを、「平和」の一語に着目させることによって、深め多様なものへと導いた。
《働きかけ③》
さらに行われた3つ目の働きかけは、「なぜ変わったのか」という問いに対する子供たちの読みを深めようとするものであった。
子供たちは、「騒がしさから静けさへ」という変化の原因を「ひとりのおくさん」の思いつきが広がったことととらえていた。
先生は、都の誰一人気づかなかった自然の音にただ一人気づいた王子にあらためて着目させた。王子が気づいたからこそ、人々は自然の音を聞くことができたのだと。そして、なぜ王子だけが聞くことができたのかを問題とし、前ばなしにおける王子の設定を振り返らせ、「まだ六つにもなっていない」ということに着目させた。先生は、大人が失ってしまった王子の「純真」や「無垢」といったものをとらえさせようとした。そうした読みを示唆された子供たちの反応は、鈍かった。
子供たちは、物語の筋、つまり記述された出来事のつながりから「なぜ」の答えを考えた。それは、記述された通りの内容を正しくとらえた読みであるが表層的な読みと言える。それに対して、二瓶先生がここで示唆した読みは、作品の言葉から象徴的、深層的な意味を探るものである。
第3の働きかけに対して子供たちの反応は鈍かった。だが、二瓶先生が指導を見誤ったのではない。そうした子供たちの読みの限界も十分わかったうえでの働きかけだったのだと思う。
先生は、この作品が5年生の教科書教材であることを知らせ、3年生の子供たちが精一杯読んだことを認めた。そして、「君たちは、王子の持つ純真をまだ持っている。その意味を知るのは、先のことだろう。その時にまたこの物語を読んで考えてほしい。」、そうしたメッセージを伝えた。
作品の意味は客観的に固定したものであり、それについての教師の読みが子供たちに到達させるべき正解である、二瓶先生はもちろんそうした立場をとらない。作品の意味は読者一人ひとりに開かれているという読者論の立場をとる。そして、作品の力、子供の成長の力を信じる教師として、今回の授業では、子供の成長に応じて作品の意味もまた成長する、ということを子供たちに伝えようとしたのだ、と思う。
「世界でいちばんやかましい音」は、3年生でも楽しく読むことのできる筋の展開を持った作品である。教材としてもとてもわかりやすい典型的な構造をもっている。だが、そうしたわかりやすい表情の裏に、皮肉や象徴が埋め込まれ、奥深い意味を持っている。そうした作品は、一読で消費してしまうのではなく、自らの成長に応じて再読してみるといいのだ。
作品をいかに短時間で手軽に読み取るか、といった読み方に関心が集まっている。先生にそうした読み方指導への批判がなかったとは言えない。
2014年3月7日金曜日
2014年3月1日土曜日
二瓶弘行先生の授業を見る④
【子供たちの読みを深める②】
二瓶先生は、前ばなしから後ばなしへと町の人々の「自慢」が変化したことに目を向けさせました。前ばなしでは、人々が「世界でいちばんやかましいこと」を自慢していた。しかし、後ばなしでは、「世界でいちばん静かで平和だということ」を自慢している。「さわがしさ」から「静けさ」への変化は、子供たちもしっかりとらえています。
先生が問題としたのは、後ばなしの「平和」の一語でした。 『物語の授業づくり入門編』にある次のような言葉で、子供たちの読みを深めようとしたのです。
「前ばなし」では平和の反対で戦争をしていたのか? 戦争をしていたわけではないよね? となると、なんで「後ばなし」で平和を自慢するんだろう。平和ってなんだ?
子供たちは、せいいっぱい考え、次のようなことが発表されました。
〇戦争の時はやかましい音がする。やかましかった町は戦争みたいだ。
〇平和は静けさのたとえ。
〇うるさいとけんかになる。だから、うるささは平和ではないイメージ。
〇クライマックス場面で王子が初めて小鳥の声を聞き自然の声を聞いた。
それを町の人々も聞き、落ち着きを知った。
〇戦争ではないが、外国への使いが兵隊や奴隷のように見える。
そうした使いがなくなった。
〇うるさいことが本当のしあわせなのか。
静けさを知るまでわからなかった。
〇王子は落ち着いた当たり前の生活を知らなかった。
〇新しいことを知ることが平和だ。
〇平和とは新しい時代を築くことだ。
子供たちは、前ばなしにおける町の状態を「戦争のような」状態ととらえたようです。このとらえ方は、作品の言葉をさらに深くとらえていく視点となりうると思います。「うるさいとけんかになる」という考えは、3年生らしい素朴なものですが、さわがしさの奥にある人と人との競争や対立の関係についての認識へと深めうるものだと思います。例えば、さわがしさの一例としておまわりさんのけたたましい笛の音が出てきますが、それはそのような状況が頻繁にあったことを示します。そうした状況を想像することで、さわがしさの背景にある人々の様子や状態を考えることもできるでしょう。
また、使いの様子に兵隊や奴隷を連想したことは、王様の権力的な姿の再検討へとつなげていけると思います。王子のため「たいへんやさしい方」としての振る舞いが強権の行使となっていることに気づかせ、王様の内面に迫ることもできるでしょう。
このように、子供たちの読みから、読み深めの視点を得ることができ、その可能性を感じることができました。
さらに、異常な状態でも内側にいるとその異常さに気づかないこと、当たり前のことや幸せなこととは知らなければそれと気づかないこと、こうしたことへの気づきは、二瓶学級の子供たちの読みの独創的なところだと思いました。
二瓶先生は、前ばなしから後ばなしへと町の人々の「自慢」が変化したことに目を向けさせました。前ばなしでは、人々が「世界でいちばんやかましいこと」を自慢していた。しかし、後ばなしでは、「世界でいちばん静かで平和だということ」を自慢している。「さわがしさ」から「静けさ」への変化は、子供たちもしっかりとらえています。
先生が問題としたのは、後ばなしの「平和」の一語でした。 『物語の授業づくり入門編』にある次のような言葉で、子供たちの読みを深めようとしたのです。
「前ばなし」では平和の反対で戦争をしていたのか? 戦争をしていたわけではないよね? となると、なんで「後ばなし」で平和を自慢するんだろう。平和ってなんだ?
子供たちは、せいいっぱい考え、次のようなことが発表されました。
〇戦争の時はやかましい音がする。やかましかった町は戦争みたいだ。
〇平和は静けさのたとえ。
〇うるさいとけんかになる。だから、うるささは平和ではないイメージ。
〇クライマックス場面で王子が初めて小鳥の声を聞き自然の声を聞いた。
それを町の人々も聞き、落ち着きを知った。
〇戦争ではないが、外国への使いが兵隊や奴隷のように見える。
そうした使いがなくなった。
〇うるさいことが本当のしあわせなのか。
静けさを知るまでわからなかった。
〇王子は落ち着いた当たり前の生活を知らなかった。
〇新しいことを知ることが平和だ。
〇平和とは新しい時代を築くことだ。
子供たちは、前ばなしにおける町の状態を「戦争のような」状態ととらえたようです。このとらえ方は、作品の言葉をさらに深くとらえていく視点となりうると思います。「うるさいとけんかになる」という考えは、3年生らしい素朴なものですが、さわがしさの奥にある人と人との競争や対立の関係についての認識へと深めうるものだと思います。例えば、さわがしさの一例としておまわりさんのけたたましい笛の音が出てきますが、それはそのような状況が頻繁にあったことを示します。そうした状況を想像することで、さわがしさの背景にある人々の様子や状態を考えることもできるでしょう。
また、使いの様子に兵隊や奴隷を連想したことは、王様の権力的な姿の再検討へとつなげていけると思います。王子のため「たいへんやさしい方」としての振る舞いが強権の行使となっていることに気づかせ、王様の内面に迫ることもできるでしょう。
このように、子供たちの読みから、読み深めの視点を得ることができ、その可能性を感じることができました。
さらに、異常な状態でも内側にいるとその異常さに気づかないこと、当たり前のことや幸せなこととは知らなければそれと気づかないこと、こうしたことへの気づきは、二瓶学級の子供たちの読みの独創的なところだと思いました。
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